■ システムを入れたのに使われない現場
「導入費用が数百万円かかったのに、誰も使っていない」、このような事態は、DXの失敗事例として頻繁に聞かれる。なぜシステムが使われないのか。答えはシンプルだ。「システム(デジタル投資)」だけが先行し、「それを使いこなす人材(人材投資)」への投資がなかったからだ。
デジタル投資と人材投資は車の両輪だ。どちらか一方だけでは前に進めない。この当たり前の真理を、多くの企業が実践できていない。
■ なぜ両輪が崩れるのか
両輪のバランスが崩れる理由は主に三つある。
第一は「投資の可視性の差」だ。デジタルシステムの導入コストは明確な数字で見える。一方、人材育成のコストは「研修費用+社員の業務時間」であり、その効果も短期では見えにくい。経営者は可視化されたコストを削りやすく、成果の見えにくい投資額を後回しにする。
第二は「時間軸の差」だ。システムは導入すれば比較的早く動き始める。人材は育てるのに時間がかかる。「早く成果を出したい」という圧力が、システム導入を急ぎ、人材育成を後回しにさせる。
第三は「責任の所在の曖昧さ」だ。「デジタル化はIT部門の仕事」「人材育成は人事部の仕事」という縦割り発想が両者の連携を阻む。デジタル化と人材育成を一体の戦略として推進する責任者が不在になりやすい。
人材育成は人事部だけの仕事ではない。経営陣の最も重要な責務である。
経営戦略・組織構造・人材育成は、三位一体で推進する必要がある。
■ 現場事例:自動車部品メーカーX社の「両輪経営」
従業員250名の自動車部品メーカーX社は、2020年にAIを活用した製造ラインの品質管理システムを導入した。初期導入費用は約5000万円。しかし導入から6カ月後、システムは稼働しているのに品質不良率の改善が見られなかった。
原因は「使う側の人間が変わっていなかった」ことだった。現場オペレーターはAIの警告を「また誤検知だろう」と無視し、品質管理担当者はAIのデータを分析する方法を知らなかった。5000万円のシステムが現場に馴染んでいなかった。
X社の工場長は方針を転換し、追加で人材育成に1500万円を投じた。現場オペレーター全員への「AIシステムリテラシー研修」を実施し、品質管理担当者に「データ分析実践プログラム」を提供した。さらに「AIアドバイザー」として現場に詳しい社員2名を育成し、日常的なサポート担当に任命した。
6カ月後、品質不良率が目標値を下回るレベルまで改善した。5000万円のシステムが機能するようになったのは、1500万円の人材投資があったからだ。システム投資の3割を人材に使うことが、10倍の効果をもたらした。
■ 「デジタル投資:人材投資=7:3」の法則
実務的な指針として「デジタル投資の3割を人材投資に充てる」という目安を持つことが有効だ。1000万円のシステム投資をするなら、最低でも300万円を人材育成(研修・資格取得・専門人材の雇用)に充てる。この比率を守ることで、両輪のバランスが保たれやすくなる。
特に重要なのは「システム導入前に人材育成を始める」ことだ。システム導入後に人材育成を考えるのでは遅い。導入6カ月前から育成を始め、導入時には使いこなせる人材が揃っている状態を作ることが理想だ。
■ まとめ:「人が育つ」ことがデジタル化の完成形
どれほど優れたシステムも、それを動かす人間の能力が追いつかなければ機能しない。デジタル化が「完成」するのは、システムの導入時ではなく、そのシステムを使いこなす人材が育ったときだ。両輪を等速で回すことを意識した経営者だけが、デジタル投資から本当の価値を引き出せる。



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