■ ブラックロックの警告と企業の使命
2018年、世界最大の資産運用会社ブラックロックのCEOラリー・フィンクは、全世界の主要企業トップに宛てた書簡の中でこう記した。「企業は財務的リターンを提供するだけでなく、社会に対してポジティブな貢献をしなければならない。目的(パーパス)なき企業は、長期的な事業継続能力を失う」。
この宣言は経営界に衝撃を与え、「パーパス経営」という概念が急速に広まるきっかけとなった。

AI時代において、このパーパス経営の重要性はさらに高まっている。
AIが効率化を極めた世界では、「何をするか(What)」「どうやるか(How)」はすぐに模倣される。残るのは「なぜ存在するか(Why)」だけだ。
企業の存在意義(パーパス)こそが、AI時代において唯一の模倣困難な競争優位の源泉となる。
■ パーパスが人材を引き付け、育てる
従業員、特にミレニアル世代・Z世代は「給与」だけでなく「この会社で働く意味」を重視する。「自分の仕事が社会にどう貢献しているか」が見えない職場では、優秀な人材は定着しない。パーパスは採用競争力の核心でもある。
また、パーパスは従業員のモチベーション維持に直結する。AIが単純作業を担う中、人間が担う仕事はより複雑で創造的なものへとシフトする。こうした仕事には、内発的動機(モチベーション)という力が不可欠だ。そして内発的動機の最大の源泉が、仕事の意味と目的への共鳴、すなわちパーパスへの共感にある。
■ 事例:D社の「パーパス再定義」プロジェクト
食品メーカーのD社(従業員240名)は、創業60年を機に「パーパス再定義プロジェクト」を立ち上げた。きっかけは、若手社員の離職増加と、AIを活用した新事業開発が思うように進まないという二重の課題だった。
プロジェクトでは、経営陣だけでなく全社員参加型のワークショップを3ヶ月にわたって6回実施した。「自分たちの仕事は誰の、どんな笑顔をつくっているか」という問いを軸に、現場の声を積み上げてパーパスを再定義した。最終的に導き出されたパーパスは「食を通じて、日常のひとときを豊かにする」という、シンプルだが深い言葉だった。
このパーパスを軸に、AI活用の方向性も再設定された。効率化のためのAIではなく「消費者の食の悩みに寄り添うためのAI」——レシピ提案AIや食物アレルギー対応の個別化提案システムの開発に注力することになった。パーパスが技術投資の羅針盤となったのだ。プロジェクト後1年で、若手社員の定着率が改善し、新規事業プロジェクトへの社内公募に応募者が殺到するようになった。
■ パーパスと「仕事=志事」
日本語に「志事(こころざしごと)」という表現がある。仕事を単なる作業や収入の手段ではなく、「志を実現する行為」として捉える考え方だ。企業の経営理念・社是は、この「志」を組織全体で共有したものだといえる。
AI時代において、経営者が果たすべき最重要の役割の一つは、この「志」を言葉にし、従業員と共有し、日々の業務と結びつけることだ。パーパスは額縁に飾る言葉ではなく、日々の意思決定の基準であり、困難に直面したときの判断軸となる生きた指針でなければならない。
■ まとめ:最後に残るのは「Why」
AIでテクノロジーが進化し、「What(何をするか)」も「How(どうするか)」も次々と陳腐化する時代になっていくと、「Why(なぜ存在するか)」だけが時代を超えた価値を持つ。パーパスは企業の魂であり、人材を引き付け、顧客と共鳴し、社会と繋がる磁力だ。AI時代の経営者に求められる最大の仕事は、このパーパスを磨き続け、組織全体に息吹かせることにある。



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